脱さらしてコンビニ経営をやり始めてから、
約13年経った頃には、唯一の生業であった
コンビニエンスストアを辞める決断をしました。
ネットオークションを約1年ほど続けた
というお話は、前回、お話させていただきました。
私の場合は、当時一番メジャーな、ヤフオク
(ヤフーオークション)の出品をしていました。
さて、ヤフオクをやりながらコンビニを
続けていたのですが、坐骨神経痛が悪化し、
まともに立っていられないほど酷い状態に
なりました。
その後しばらくすると、椅子にも座れない
という最悪の状態になり、オーナーですが、
全く店舗へ出ることができなくなりました。
その期間、妻がいるとはいうものの、
スタッフを24時間管理するというのは、
主婦でもある妻にとっては無理でした。
私はといえば、横になって寝ていても、
痛みが襲い、まともに睡眠もとれないほど。
いろんな医者を受診してはみたのですが、
手術するほどでもないという診断。
かといってほとんど痛みで歩けないし、
食事でも椅子にも座れず、トイレの便座に
座ることさえ苦痛でしかありませんでした。
結局、手術という選択肢は自分の中にはなく、
都合約1年間近くを寝たきりで過ごしました。
この時に、
「身体が健康じゃないと仕事もできない」
ということを痛感したのでした。
オーナーが1年あまりも店舗に出ないと、
案の定店舗の売り上げは一層落ちました。
何よりも、ただでさえ利益がでていないのに、
私のかわりに勤務するスタッフの人件費は、
どんどん増え続けることに・・・
この時点で、もう経営としては破綻状態です。
もし仮に私が、腰の手術という選択をして、
数か月で復帰したと仮定しましょう。
それでも、店舗を運営できる健全な状態に
できないことは明白でした。
つまりは、自分の身体や時間を削って、
人件費を下げることでしか損益分岐点に
近づけるしか方法はありませんでした。
この時点で、私はコンビニ経営に見切りをつけ
新しいビジネスを模索しはじめました。
コンビニビジネスの限界を知ったのです。
そこで思い切ってコンビニ経営から手を引く
という決断をしたのでした。
ところが、そう簡単に手を引けるものではない、
その現実に心が折れそうになりました。
さあ、どうしたものか?
悩んだあげくにある「決断」をすることになります。
コンビニを辞めてからも、地獄がまっているとは、
この時にはまだ理解していなかった。
コンビニを辞めてからの地獄については、
別ページでお話させていただきます。
最後までお読みいただきまして、
ありがとうございました。